その時代の大阪の様子が分かる地図を探していると、国際日本文化研究センター(日文研)所蔵の地図の中に、「大大阪観光地図(以下、観光地図)」という名称の地図がありました。大阪市産業部の版本となっています。発行年月日は明確に書かれていませんが、地図に描かれている情報(例えば、昭和12年3月オープンの電気科学館が掲載されていること)や、裏面の地図に昭和11年5月29日由良要塞司令部検閲済とあることなどから、昭和12年ごろの発行と推定されます。パノラマ地図のような鳥瞰図ではありませんが、観光名所などには絵が描かれています。
大大阪観光地図(国際日本文化研究センター蔵) |
最新大大阪市街地図(昭和10年:日文研蔵) |
具体例として、梅田付近を見てみましょう。まず、市街地図です。
昭和10年大大阪市街地図の梅田付近 |
大大阪観光地図の梅田付近 |
観光地図の「阪神電車」の左側を見ると、路線の赤線が一部消えています。阪神の「赤丸」を消した痕と思われます。
市街地図の「阪急」と「地下鐵」の「赤丸」は、観光地図では消され、阪急百貨店の挿絵が描かれています。堂島の毎日新聞社にも挿絵が付いています。
次に、2つの地図の凡例を見比べてみましょう。
昭和10年大大阪市街地図の凡例 |
大大阪観光地図の凡例 |
凡例の左上を見ると、市街地図には「和楽路屋」の奥付がありますが、観光地図では削除されています。観光地図は大阪市産業部の制作なので、消されているものと思われます。
以上のことから、観光地図は、昭和10年発行の和楽路屋の大大阪市街地図をベースにして、観光名所に挿絵を入れて分かりやすくしたもので、映画「大大阪観光」の制作者と同じ「大阪市産業部」が「和楽路屋」に依頼して作成したものであると考えられます。
大阪市パノラマ地図が発行された大正13年から、大大阪時代に入って大きく変貌していく大阪市の姿を見比べるうえで、約10年後の姿を描いた「大大阪観光地図」は挿絵があって分かりやすい地図ということもあり、大変便利な地図といえるでしょう。今後、活用していきたいと思います。
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