2017年11月18日土曜日

大大阪観光地図と最新大大阪市街地図

 大正13(1924)年発行の「大阪市パノラマ地図」には、大大阪時代に入る直前の大阪の様子が描かれています。それからの約10年間で大阪は大きく変貌します。昭和12(1937)年には、「大大阪観光」という映画が、大阪市電気局と大阪市産業部によって制作されました。
 その時代の大阪の様子が分かる地図を探していると、国際日本文化研究センター(日文研)所蔵の地図の中に、「大大阪観光地図(以下、観光地図)」という名称の地図がありました。大阪市産業部の版本となっています。発行年月日は明確に書かれていませんが、地図に描かれている情報(例えば、昭和12年3月オープンの電気科学館が掲載されていること)や、裏面の地図に昭和11年5月29日由良要塞司令部検閲済とあることなどから、昭和12年ごろの発行と推定されます。パノラマ地図のような鳥瞰図ではありませんが、観光名所などには絵が描かれています。
大大阪観光地図(国際日本文化研究センター蔵)
 日文研の地図データベースには、この地図と近い時期に発行された地図として、昭和10年発行の「最新大大阪市街地図(以下、市街地図)」があります。こちらは、和楽路屋の版本です。2つの地図を見比べると面白いことが分かります。
最新大大阪市街地図(昭和10年:日文研蔵)
 市街地図では、行政区別が分かりやすいように色分けがされ、観光地や重要地名は「赤丸」をベースにして白抜きの文字で目立つようにしています。一方、観光地図を見ると、主な観光地や重要建物に挿絵が挿入され、それが目立つように市街地図の「赤丸」は消されて、赤い枠の中に赤い文字で表示されています。行政区別の色分けは無くなり、すべて白地になっています。これも挿絵が目立つようにするためと考えられます。

 具体例として、梅田付近を見てみましょう。まず、市街地図です。

昭和10年大大阪市街地図の梅田付近
 次に、観光地図の梅田付近です。
大大阪観光地図の梅田付近
 2つを見比べてみて、いかがでしょうか?下地の地図や文字は両者共通で、違っているのは、「赤丸」が消されて「赤枠」に代わり、挿絵が入っていることがわかります。
 観光地図の「阪神電車」の左側を見ると、路線の赤線が一部消えています。阪神の「赤丸」を消した痕と思われます。
 市街地図の「阪急」と「地下鐵」の「赤丸」は、観光地図では消され、阪急百貨店の挿絵が描かれています。堂島の毎日新聞社にも挿絵が付いています。

 次に、2つの地図の凡例を見比べてみましょう。

昭和10年大大阪市街地図の凡例
大大阪観光地図の凡例
 いかがでしょうか?凡例も両者共通であることがわかります。枠の外のインデックスも共通で、観光地図も市街地図と同じく「和楽路屋」のベースマップを利用していることがわかります。
 凡例の左上を見ると、市街地図には「和楽路屋」の奥付がありますが、観光地図では削除されています。観光地図は大阪市産業部の制作なので、消されているものと思われます。


 以上のことから、観光地図は、昭和10年発行の和楽路屋の大大阪市街地図をベースにして、観光名所に挿絵を入れて分かりやすくしたもので、映画「大大阪観光」の制作者と同じ「大阪市産業部」が「和楽路屋」に依頼して作成したものであると考えられます。
 大阪市パノラマ地図が発行された大正13年から、大大阪時代に入って大きく変貌していく大阪市の姿を見比べるうえで、約10年後の姿を描いた「大大阪観光地図」は挿絵があって分かりやすい地図ということもあり、大変便利な地図といえるでしょう。今後、活用していきたいと思います。